(左):森村海斗さん[所属 :大工技能学科 (2021年3月卒業)]
(右):金子和宏先生[担当:大工技能学科]
2年間で培った技術と創造性を発揮する学びの集大成・卒業制作。大工技能学科では、例年学生が個人またはチームを組み、ひとつの作品をつくり上げます。2020年度は、2名が手がけた「斗栱」の模型が、神戸市の竹中大工道具館へ寄贈されることになりました。チームリーダーを務めた森村さんと担当教員・金子和宏先生が、その制作過程を振り返ります。
森村:卒業制作として、同級生の齊藤祐希乃さんと一緒に、奈良市にある唐招提寺金堂の斗栱を1/3スケールの模型で再現しました。社寺などの木造建築で使われる、屋根を支える木組みの一部で、柱の上に付いているものですね。斗栱をつくりたいと思ったのは、入学したばかりの頃に、竹中大工道具館へ行ったことがきっかけでした。通常は授業の一環で見学に行くのですが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で団体訪問がかなわなかったので、自主的に赴いたんです。
金子:大工技能学科の恒例行事ですね。道具の歴史に触れ、興味をもってもらいたいと、竹中大工道具館さんのご協力を得て8年前から続けていますが、近年は中止が続いていました。自分から足を運んで、刺激を受けていた学生がいたとは嬉しいです。
森村:館内に展示されていた、高さ4メートルにもおよぶ原寸の斗栱に圧倒されて、「これ、どうやってつくるんやろう?」とすっかり惹きつけられましたね。高校時代は機械科を専攻していて、ものの構造に興味があったので、あわせて紹介されていた各部材と組み立ての過程にも魅了されました。
金子:なるほど。それで、難易度の高い斗栱を選んだわけですね。学生たちが自ら挑戦したいと思ったことはしっかり応援したい。僕ら教員も、宮大工の親方の力をお借りしながら、バックアップ体制を整えていきました。とはいえ、唐招提寺が建てられたのは約1,200年前。なかなか一筋縄にはいきませんでしたね。
森村:はい。構造や設計に関する資料がほとんどなかったので、まずは実際に現地へ行って、細部の写真を撮影することからはじめました。それから、奈良県立図書情報館に行き、撮ってきた写真と、館が所蔵する資料とを照らし合わせながら図面を描いていったんです。
金子:昔の資料は、「寸」(東アジアにおける尺貫法の長さの単位で、日本では約3.03センチメートル)で表記されているから、計算も大変だったでしょう?
森村:暗算力が鍛えられました(笑)。でも、計算していくうちに、サイズが体感できるようになってきて。長さのとらえ方も少し変わったような気がします。
金子:大工の現場では、今も「寸」を使うので、その力はちゃんと役に立ちますよ。
森村:なんとか図面を完成させて、材料の見積もりと発注に取りかかると、さらなる壁にぶつかりました。実は当初、模型を1/2スケールでつくろうとしていたのですが、手配できる柱材のサイズに限界があって。1/3スケールなら材料が揃いそうだったので、思い切って切り替えることにしたんです。
金子:このとき、図面もすべて描き直したんだよね。
森村:はい。材料の発注後は、ベニヤ板を何枚も使い、1/3スケールの原寸図面も描きました。
金子:宮大工さんも、材の組み合わせやカーブの加減、長さ・太さなどを把握するために、原寸の図面を板に墨で描かれます。その後は木を削る作業に入っていきましたが、実際にやってみてどうでしたか?
森村:材の加工は難しかったですね。一つひとつの部材としてはきれいでも、それぞれ木の向きがバラバラだと、組み上げたときに表情が出ないんです。社寺を見てダイナミックに美しく感じるのも、部材に統一感があるからなんだなと。
金子:よく気づきましたね。宮大工の世界では、木は育っていた向きに合わせて使うのがいいと言われます。たとえば、建物の南側の面には、同じように南を向いていた木を使う。日差しを浴びる面だからこそ、日差しを受けて鍛えられた木が適しているというわけです。美しさはもちろん、機能としても理にかなっているんですね。
森村:古建築に挑むうえでは、昔の道具を使わなければできないこともありました。側面を丸く削ったり、逆にくぼませたりするために、当時はいろんな種類のカンナを使い分けていたというのも、制作のなかで知ったことです。材に合わせたセッティングや研ぎもさまざまで、扱い慣れるまでにだいぶ時間がかかりましたね。
金子:丁寧に工程を踏んでいたと思うよ。実直に取り組む姿が頼もしくもありました。
森村:4人のチームで卒業制作をつくる同級生もいるなかで、僕たちは2人だったので、かなり必死でした(笑)。ほぼ毎日、授業後も残って作業していたので。
金子:でも、その甲斐あって、立派な作品ができましたね。とても出来がよかったので、竹中大工道具館の方を学校にお招きして見てもらったほどです。そうしたら、なんと寄贈のご依頼をいただいて、2021年10月に同館で開催される展覧会「天平の匠に挑む 古代の知恵VS現代の技術」でお披露目することが決まった。とはいえ、やはり出展するわけですから、さらなるバージョンアップも必要になりました。
森村:春から工務店に就職して、大工見習いとして働きはじめたばかりの頃に、先生からお知らせいただいて本当に驚きました。卒業制作のテーマを決めるきっかけとなった場所に、寄贈できるとは夢にも思わず、とても嬉しかったですね。でも正直、お話をいただいたときは、「今か……」という気持ちもありました(笑)。慣れない仕事と並行して、さらに製図に加工と、この後やるべき作業がどんどん頭に浮かんできて。でも、引き受けるからには、責任をもってやらなければいけないと思い直しました。
金子:森村くんたちの上司とも相談し、おふたりには週に一度学校に来て、制作を進めてもらうことになりました。
森村:はい。卒業してからも、卒業制作を続けることになりました(笑)。
金子:寄贈するにあたり、具体的には、斗栱の上部に載る屋根構造の「桔木(はねぎ)」を新たに加えることになりました。桔木は屋根の荷重を支える部材で、軒先に差し込んだ柱材を、反対側(屋根内側)に設けた支点を軸に、テコの原理で持ち上げる役割があります。
森村:今回は、竹中大工道具館から、追加制作する範囲を枠で示した屋根の参考図面をいただくことができました。ただ、よく見ると、桔木が途中までで省略されていて。
金子:つまり、特徴的な構造が見えなくなっていたんですね。
森村:そうなんです。柱が長いので、斗栱とのバランスを踏まえると省いて然るべきだったのですが、僕たちとしては桔木の役割を伝えたかった。そこで、柱の長さを短くしてでも、全体像をしっかりと見せるアイデアを提案したんです。館の方もその案に応じてくださって、一緒に調整を図ることができました。
金子:図面を読み解くのは大変だったと思います。部材の数を割り出すだけでもひと苦労だったんじゃないでしょうか。
森村:はじめは、3D CAD[※]で設計をデータに起こさなければ、イメージが全然つかめませんでした。正面から見ると1つに見える部材も、側面から見ると何個も必要で。昔の大工さんたちは、図面を見るだけで巨大な建物の構造を思い描いていたんですよね。本当に「すごい」の一言です。しかも、すべての工程を手道具で行っていたんですから。途方もない時間をかけて丁寧につくるからこそ、美しく長持ちする建物ができるんだなと感じました。
※ コンピュータの3次元空間上で設計・作図の立体形状を表現するソフトウェア
金子:クレーンなどの重機や電動工具のない時代に、どうやってあんな建物を組み上げることができたのか。大工さんたちの工夫を想像すると、僕も尊敬の念しかありません。千何百年も経っているのに、軒先の先端を見上げると、乱れずにビシッと揃っている。乾燥や湿気で歪んだり膨張したりする木の特性を読み取っていたんですね。今回の制作で、森村くんたちは、大工のものづくりの根本にある姿勢を肌で感じていた。その経験は、この後の仕事にもきっと生きてくるはずです。
森村:今、職場でも古建築の修繕に携わっているのですが、親方にはいつも「昔の人はどういうふうに考えて、この建物をつくったんだと思う?」と聞かれます。後世に建物の魅力や技術を伝え残すことの意味を問いながら、これからも大工の仕事に励んでいきたいですね。
チームメンバーのみなさん、
プロジェクトを終えてひとこと!
齊藤祐希乃さん[所属:大工技能学科 (2021年3月卒業)]
竹中大工道具館への寄贈・展示が決まったときは、うれしくて舞い上がりました(笑)。とはいえ、今回挑んだのは、屋根構造の追加制作。仕事と両立しながら取り組むのはなかなか大変で、設営が近づくと、道具や材料を会社のアトリエに持ち帰り、追い込み作業をすることも。でも、そのぶん、展示空間に立ち上がった斗栱の模型を見たときは、とても誇らしい気持ちになりました。
Photo: Kenichiro Yamaguchi